――そして、 少女の潜む壁の傍から、壁を壊そうとするものも、優しく声をかける者も全ていなくなった。 気が狂いそうになる無音の時がしばし続き、再び人々の声が聞こえ始める。 諦めずに発信し続けた物語を、受け取った人々が集まってきたのだ。 壁の中で微かに感じた新たな希望。 取り巻く声が大きくなってきた時、壁の上から縄梯子が降りてきた。 見上げた先にいたのは、世を馳せ回る錬金術師。 壁の上に立つ、笑顔の錬金術師が言う。 「貴女のことをもっと知りたい。」 遂に時は満ちた。 今まで守ってきた庭園を、世界中に発信できるときが来た。 少女は希望が現実となった瞬間を素直に喜び、梯子に足をかける。 梯子に縋り登りつつ、壁の隙間から外の世界を見る。 自分の壁の周りに集まる人以外にも、沢山の人がいるのが分かった。 人々は何処からか聞こえる号令に合わせて、 忙しなく遠くの壁や近くの壁に移動している。 壁の上まで昇りきって見えた景色は、遥か高く聳える塔、塔、塔。 自分の築いた壁など子供の積み木遊びの産物に見えるほど、堂々たる姿を誇っていた。 錬金術師が少女に語りかける。 「貴女を私の塔に招待したい。」 差し出したのは小さな鶴嘴一つ。 「これで塔の壁を削って穴を作れば、中に入ることができます。」 あまりに馬鹿げた物言いに、憤った彼女が術師に言葉を投げかけようとしたが、 そこに彼の姿はもうない。 遥か高くに飛び去った術師は、塔の壁へ溶けるように消えた。 風に、雨に抉られ壁が朽ちていく。 彼女をその上に支えていられる時間は、そう長くない。 演説とは高所からするもの。物語ることも同じ。 一度地に落ちればその声は誰にも届かない。 動きようのない現実と、迫る終末を見せつけられ、少女の中で大切な何かが壊れた。 そして、鶴嘴を投げ捨てて、出会ってしまったありふれた悪意と、 心に浮かぶ潔癖な正義を言葉に変えて、物語とは違う何かを謳い始める。 少女は、足場が崩れ落ちるその時まで「演説」をすることに決めた。 彼女の声は塔の厚い壁の先には決して届かないだろうが、そんなことは構わなかった。 塔の外に集う人々に、自分と同じく手製の壁の上で物語を紡ぐ者達に向けて、 この世界に教えて貰った希望と、正義と、憎悪を撒き散らす。